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12. 前夜の祈り
午後11時。明日から香港ロケだ。もちろんマネージャーも同行する。スーツケースに必要なものを詰めていると、突然部屋のドアが勢いよく開いた。驚いて顔を上げると焦った顔のミアが立っていた。
「ど、どうしようお兄さん!」
「何があった!?」
「す…」
「す…?」
「スーツケースに荷物が入りきらない!」
立ち上がろうとした変な格好のまま固まる。久しぶりだな…この感じ。どうしようと慌てるミアに、俯いて笑いを堪える。
演技してるつもりは無いんだろうけどその迫力はさすが女優というか、つい彼女のこととなると必死になりすぎる自分もどうかと思うのだけど。
「あれ?お兄さん?」
「あ、いや…で、荷物入らないの?」
「うん。全部で4泊なのに、服が10着もあるの。…やっぱり入れすぎかな。」
「ロケの日は衣装もあるし、お気に入りだけ持っていけばいいんじゃない?他は何入れた?」
「えっと、ドライヤーとシャンプーセットと靴6足、化粧品とお菓子とクマと枕と…」
「んー、まずドライヤーはホテルにあるからいらない。シャンプー…その大きいボトルで持って行かなくてもいいと思うな…靴も歩きやすいのが一番だよ。あとは服を少し減らしたら十分入ると思うけど。」
「もう一回入れ直してくる!」
本当にこの子は…見た目だけならすごく大人びてしっかりしてそうだけど、実際は底抜けの天然で少々変わっている。
こんな姿をファンに見られたら…いや、これこそ"ギャップ"というものか。
社長が知ったらそろそろキャラを変えてもいいんじゃない?なんて言い出しそうだ。そうなるとまた仕事が増えてスケジュール調整が……いや、それは凄く嬉しいことなんだけど、などと頭を抱えながら考えを巡らせていると、向かいの部屋から入った!という声が聞こえた。
今度はノックの後、ドアが開くと笑顔のミアが立っていた。
「できた?」
「うん、ばっちり。」
「それは良かった。」
「お兄さんは荷物それだけなの?」
ミアのよりふた回り小さいスーツケースには必要最低限のものだけ。
「まあ、基本スーツだから服はそんなにいらないし、特に持っていく物もないかな。」
「すごーい。私なんか海外に行くのが久しぶりだからどれも必要に思えちゃって…とにかく、ありがとね!」
「どういたしまして。」
「あ、お兄さん温かいお茶飲む?今からいれようと思うんだけど。」
「お願いしてもいい?」
「うん。ちょっと待っててね。」
パタパタとスリッパの音を立ててキッチンに向かう彼女の後ろ姿を見送る。
さて、明日から香港へ向かうが、何か起こる気がする。今は全くそれが何かは分からないし、ただ心配なだけなんだろうけど胸の奥が小さくざわめく。何であれ、ミアにとって良い結末となるようにもう一度心から願い、僕もキッチンへと向かった。
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