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彼女が許してくれれば、わたしは彼女の背中に指を這わせられる。初めての頃は痛々しかった。薄いカミソリが、白い毛だけではなく、皮膚も切ってしまったのだろう。深い傷に触れると、彼女は身をすくめることもあった。しかし、やめてとはいわなかった。もっと痛い思いがしたいみたいだった。
何回目かには、とてもなめらかな感触になったことがある。カミソリの扱いに慣れて、ローションやミルクを使うようになったからだろう。
それからしばらくして、彼女の背中の感触はまたざらざらとしてきた。白い毛は刈り取れば刈り取るほどに、強情に固くなって、彼女の背中から、また芽を出すのだろう。だから彼女は、きつく立てて強く肌に、カミソリを当てなくてはならなくなるし、皮膚は削られるほどに固くこわばっていく。
彼女の背中の上で、傷とかさぶたとケロイドが、痛みの歴史が、層になっていく。
こんなことはやめるべきだと、白い毛を受け入れるべきだと、言おうとしたけど、言えなかった。そう言ったくらいで、彼女の心が、この苦行にくじけるはずはなかった。いや、わたしが彼女にくじけてほしくなかったのだ。だから、言わなかったのだ。
彼女はやり抜いた。最後まで、自分自身にカミソリの刃を突きつけて、諦めなかった。
卒業式の日、二百いる同級生たち、その全員の背中には羽が生えていた。わたしの背中にも小さくていびつだけど羽が生えていた。しかし、彼女にだけは白い羽が生えなかった。それこそが彼女の望みだった。
羽の生えた子どもたちはみんな、雲の上へと旅立った。地上を振り返る天使はほとんどいない。わたしはときどき、彼女のことを思い出す。彼女の心こそが、なによりも美しく、最後に見せてくれた彼女の傷ついた背中が、なによりも美しい。いくらそう思ったって、わたしには自分の背中を切りつける勇気はなかった。わたしは空に逃げた。
そして永遠に会えないような別れ方をした。きっと、永遠に会えない。
彼女は地上でまだ、だれよりもまっすぐに生きているのだろうか。傷ついても、傷ついても。傷ついても。
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