白い背中

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 衣擦れの音は、やけに大きく、だけど遠くに聞こえた。まるで数キロ先で起きた爆発が窓ガラスをかすかに揺らすみたいに、わたしの鼓膜は揺すられて、くすぐったかった。  彼女は髪を振って、背中を向けた。甘い匂い。白い背中はまっさらだった。どんなに目を凝らしても、タトゥーなど見つけられなかった。  答えないでいると、彼女は振り向きもせず、後ろ手で、わたしの手を取った。ぞくぞくするほど彼女は器用で、背中に目がついているみたいだし、関節は軟体動物のようであるが、指先は張り詰めていて、いつも少し震えているような気がする。  呆気にとられたまま、不意打ちに彼女の背中を撫でさせられた。わたしの指先は粘膜になったみたいに痺れてしまう。その快感は、それだけで快楽と呼べるほどのものだった。わたしはその場にへたり込んでしまったし、ひとりで果てるときに思い出すのは、くちびるでも、足首でも、瞳でも、髪でもなくて、背中で、想像するのは、脊椎の谷に指を這わせることばかりだった。  対照的だった。わたしが彼女の背中で深い快楽を得るのに、彼女は、くすくすと笑うばかりだったし、それさえしなくなった。彼女はわたしに背中を預け、ふと気がつくと、寝息を立てていることも多かった。わたしは彼女の額にくちびるを押し付けたり、喉のくぼみに鼻を隠したりしながら、指で彼女の体をさんざん探検した。彼女の所作を決める全身の神経はほとんどすべて、首の後ろを通る。表情は違うだろうけど、いつもくっきりしたシルエットの手や指先、バレエを踊れる足とか、そのための信号を、わたしは感じてみたかった。触れた部分が電気的に痺れるのは錯覚だろうか。わたしは頚椎にそって、彼女のシナプスのきらめきを目の奥に感じていた。
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