白い紐

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白い紐

 それは父と美術展に行った帰りのバスの中での出来事でした。  車内は帰宅する人で混み合っていましたが、私は運よく座席に座ることができました。  父は私のすぐ隣に立って、バスの窓から外の風景を見ています。  私も最初は父同様、黙って外を見ていました。窓ガラスの向こうはもう暗くなっていてそんなに目を引くような物は無いのですが、他にすることがありません。  車内は混み合っているのに静かで会話するのは何となく憚られる雰囲気でした。  その時バスが赤信号で停まり、ふと正面に顔を向けると目の前に奇妙な物があることに気づきました。  白い紐です。  そこにはお婆さんが座っていたのですが、なにやらお婆さんの耳の後ろから白いタコ糸のような物がくるりと後頭部を伝って反対の耳の後ろで続いています。  その細い紐がどこから発生してどこへ続いているのか、ちょうどわずかに被さる髪の毛に隠れていてわかりません。どう考えても紐が耳の後ろから生えているように見えるのです。  最初はイヤホンかと思いました。しかし耳を見るとイヤホンの類は何もつけていません。  眼鏡用のストラップでしょうか。でも肝心の紐は本当にタコ糸のようでストラップにするには心元ない細さです。紐は弾力がある様子もなく後頭部の上でゆるやかにたわんでいます。  それに眼鏡のつるらしきものも後ろから見た範囲では見えません。  では糸くずやゴミが偶然、弧を描いて付いているだけなのでしょうか。  そう思った瞬間、お婆さんは髪に手をやって軽く紐に触れました。しかし、特に引っ張ったり不審がったりする様子もなく普通に紐ごと頭を押さえるような仕草をしました。    つまり、この紐はお婆さんに認識されているのに見逃されているということです。    一体この紐はなんなのか。  私はその事で頭がいっぱいになりました。
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