プロローグ

2/3
37人が本棚に入れています
本棚に追加
/105ページ
 僕が最後に桔夏(きっか)に会ったのは、秋のはじめの早朝だった。朝焼けがカーテン越しに僕の部屋を照らしていて、その朝焼けと同じほうから、彼女がやって来たのだ。    窓を叩く音で、僕は目を覚ました。コツコツと爪が窓ガラスにぶつかる音は、僕と彼女の昔からの符丁のようなものだったから、僕は別段怯えることもなく、でも驚いて、カーテンを開けた。なぜ驚いたのかというと、ここしばらくの間、彼女がそんな風に僕を訪ねてくることは、なかったからだ。中学の頃がピークで、高校に入るとだんだん少なくなっていったように思う。大学生になってからは、たぶん一度もなかった。    窓を開けると、目が焼けそうなほど強い朝日と一緒に、桔夏が転がり込んできた。 「おはよ、コータ」  昨日も会ったくらいの調子で、桔夏は言った。脱いだスニーカーの片方を僕に投げつけ、窓枠に腰掛けて足をぶらぶらさせている。    まだベッドの中にいた僕は、渇いた口を動かして、どうにかおはようと返した。それから、欠伸を一つ。桔夏は僕の重力に反した寝癖を指差して、けらけらと笑った。ようやくそれにむっとするくらいには目の覚めた僕は、髪の毛を撫でつけながら言った。 「なんだよいきなり。せっかく今日は昼まで寝ようと思ってたのに」 「そんなに寝たら、ただでさえ回転の遅い頭が止まっちゃうよー」  僕はスニーカーを投げ返し、反射神経も運動神経も抜群の桔夏は、笑いながらそれをキャッチした。    自分の鈍感さ加減には、本当に嫌気がさしている。その時だって、長年僕から借りていたCDを返したり、大きなリュックサックを背負っていたりと、違和感はいくらもあった。でも僕は何とも思わず、半分夢の中にいるようなぼんやりとした顔で、朝焼けの眩しさと眠気に目をしぱしぱさせていた。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!