第三章 届いていますか

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「札幌に行くつもりは、本当にないんですか?」  加世さんはピクリと眉を上げ、探るような目つきで僕を見た。それからひとつため息をついて、行かないよと小さく言った。 「でも、僕は行った方が良いような気がするんですけど」 「……まあそのうち、気が向いたらね」  加世さんは僕の追及を逃れるかのように、くるりと背を向けた。  翌朝、女満別にレンタカーを返しに行った僕は、予定を変更して新千歳空港に飛んだ。どうしても、札幌に寄りたかったからだ。空港から電車に乗り、札幌を目指した。  そのうち、と加世さんは言ったけれど、それじゃ後悔するかもしれないと僕は思った。縁起でもない心配だけど、桔夏が突然いなくなってしまったみたいに、誰だって、いつかが永遠に来なくなる可能性はあるのだ。  離陸した飛行機の中で、借りてきた桔夏の原稿を取り出す。現実と呼応する物語の中から、僕はあの二人のためのエピソードを見つけた。「魔法の飴」という章だ。  雪と氷に閉ざされた世界では、僕らの世界よりも科学が発達していて、ロボット技術もその一つだった。人と見紛えるほどに精巧な、人型のロボットが、介護や人の話し相手をするために働いている。凍えるリコに温かいスープを出して迎えてくれたのも、女性型のロボットだった。  ロボットたちの生みの親、人形師と呼ばれる青年草唯は、一宿一飯の代金として、リコに自分の仕事を手伝うように言う。  リコが頼まれた仕事は、草唯が作ったロボットの子犬をある父娘に届けることだった。親子は別のコロニーに住んでいて、点在しているコロニー間は頻繁に行き来することができない。そこで、連絡係としてロボットを使うことにしたのだ。可愛らしい子犬は、一人暮らしの父親を癒す効果もある。  子犬を引き渡してリコの仕事は終わるが、娘には一つの優しい企みがあったことがわかる。彼女は離れて暮らす父が病を患っていることを知っていた。しかし困窮していて薬を買うことができず、娘から援助を申し出ても施しはいらないと突っぱねる。  そこで登場するのが、「魔法の飴」だ。娘は薬を溶かし込んだ飴を手作りし、子犬に託す。手作りのお菓子を“施し”とは考えないだろうという、妙案だ。  事実を知ったリコは、父親の意地っ張りなところすら受け入れて助けようとする娘に、いたく感動する。本当の意味で人を想うということは、自分の気持ちを押しつけるのではなく、長所も短所も全部ひっくるめて愛することだと気づくのだ。
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