第三章 届いていますか

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 そうだ、金魚鉢は危ないかもしれないからと桔夏のお父さんが言って――あれ、なんで危ないと言ったのだろう。安定感がないから、倒れてしまうという理由だっただろうか。ともかく、コータは実はメスだったとか、コータがお腹を見せて浮いていたが復活していたとか、一時期桔夏はコータに夢中だった。同じ名前の彼女がいつまで生きていたのか、僕は知らないが、きっと桔夏のことだから、きちんと世話をしていたのだろう。  ふと、水槽の脇にハガキがいくつか入った小さな箱があることに気づいた。どう見てもダイレクトメールで、どれも「20%OFF」やら「Clearance Sole」、みたいな宣伝文句が同じフォントで書かれている。見えている日付は二年前で、なぜただのダイレクトメールを捨てずにおいてあるのだろうと僕は不思議に思った。  「ああ、春枝さん、ついでにこれ、郵便ね」 「仕事がついでなんて、不真面目な配達員だね。こんなとこで油売ってさ」  不良配達員め、と加世さんが言い、配達員の方も悪びれずへへへと笑う。 「札幌に行く用事でもあるの? これも札幌の店のでしょ」 「こら、郵便物は個人情報だろ、勝手に見るんじゃないの。……覚えてないけど、昔遊びに行った時に住所を書いたんだね、きっと。札幌なんてここ十年以上行ってないよ」  僕は彼らの話を聞きながら、金魚を見るふりをしてこっそり差出人を確認した。住所は札幌で、内容からして服や靴を売っているようだ。次に出てきたのは眼鏡店、その次は洋菓子店。やっぱり店の所在地は札幌だった。  十年以上訪れていない店から、ダイレクトメールなんて来るのだろうか。しかも、こんなに何件も。それに、訪れる予定もなさそうなのに、どうして捨てないのだろう。  ダイレクトメールに紛れるようにして、普通のはがきもあった。消印がないから、まだ出す前なのだろう。宛先の住所はこれまた札幌市内。宛名は書かれていない。 「あれ、でもこの住所――」  背後でじゃあまた、と声が聞こえ、僕は慌てて水槽の方に顔を向けた。  僕がカウンターに戻ると、加世さんはサービスだと言ってもう一杯コーヒーを淹れてくれた。  コーヒーを飲んでいる間、僕はずっと考えていた。自分の想像が、正しいものかどうか。正しいならば、それをどう加世さんに伝えるべきか。  空になったカップをテーブルに置き、僕は言った。
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