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【ガラス工房にて】
溶解炉の前で男が一人、大量の汗を流し、吹き竿に繋がる真っ赤なガラス息を吹きかけていた。
名を『クラレンス・ガット・セリラヴィール』といった。
現セリラヴィール家の当主であり、シンデレラ達の父親だった。一日のほとんどをこの工房で過ごし、仕事が終われば地下室で黙々と古びた書類とにらめっこをする。
だが、家族の事となれば優しい父親として彼女達を愛し、可愛がっていた。
そんな父親が今日、娘の誕生日のために早く仕事を終わらせようといつも以上に精を出していたんだ。
子煩悩な父親でもあったのさ。
ようやく最後の作業が終わった時。ある程度の片付けをして工房から娘の誕生日会へ向かおうとしていたその時。
「やぁ。クラレンスさん?」
見知らぬ声が後ろから聞こえてきたんだ。振り返るとそこに人はいない。
「こっちこっち」
また声がする。あたりを見回すと、小さな黒猫が彼の足元で座っていた。闇のように黒いその毛は溶解炉の炎に照らされ、妖しく輝いていたのさ。
滑らかで凄艶な背筋。ゆらりゆらりとなまめかしい尻尾。まぁるい満月のように相手を魅了する瞳。その黒猫は普通のようで普通ではないように思えたんだ。
「はじめまして。こんばんは」
ニヤリと黒猫が笑った。不気味としか言いようのない目の前の出来事に彼は何を思ったのかはわからない。だが、彼はこの現実をすぐに受け入れた。
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