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涼しげな白い直衣を美しく着崩した時平に誘われて泉殿に行くと、蛍が高く飛んだ。
伊勢はふと、在五の中将の和歌を思い出した。
伊勢が紙と筆を取りに行かせたので、時平は箏の琴を出させた。時平がみごとに奏でる箏を聴きながら、伊勢は小さく揺れるたくさんの灯りを頼りに一気に書いた。
昔男ありけり。
人のむすめのかしづく、いかでこの男に物言はむと思ひけり。うち出でむことかたくやありけむ、物病みになりて死ぬべきときに、「かくこそ思ひしか」といひけるを、親ききつけて、泣く泣く告げたりければ、まどひ来たりけれど、死にければ、つれづれとこもり居りけり。時はみな月のつごもり、いと暑きころほひに、よひは遊びをりて、夜ふけて、やや涼しき風吹きけり。蛍高く飛びあがる。この男臥せりて、
ゆく蛍雲のうへまでいぬべくは 秋風吹くと雁につげこせ
そこで伊勢は筆を一度置いた。
少し思案したのちに、伊勢が一首詠んだ。
暮れがたき夏の日ぐらしながむれば そのこととなく物ぞ悲しき
人はこれを「伊勢が歌物語」もしくは「在五が物語」と呼んだ。
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