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どれだけ拒絶しても夜は明け、陽は昇る。浅い眠りを漂った末、いつもと変わらない朝を迎えてしまった。
「先輩、おはようございます! まだ夜だと思った? 残念! 今度こそ朝だよ!」
なにか彷彿とさせながら、柚に起こされた。一架は目元を擦る。
いつもと変わらない、なんてことはなかったな。百八十度違う、非現実的な朝だ。
全然寝た気がしない。寝たというよりも昨日は失神に近かった。
まさかホテルで一泊する羽目になるとは思わなかった。昨日は家に帰るって言ったのに……響子さんが心配してるかもしれない。
とりあえず連絡だけしておこう。スマホを鞄から取り出して、爆速でメッセージを打つ。
「先輩、朝ごはん食べようよ。俺ら昨日の夜から何も食べてないんだよ」
柚はこちらの気も知らず、元気いっぱいにメニュー表を見てる。
改めて思う。能天気とかではなくて、尋常じゃないメンタルの強さだ。
「俺オムライス! 先輩は?」
「サンドイッ……フレンチトースト」
一応答えて、意気揚々と注文する柚を尻目に起き上がった。
「先輩、ご飯きたら食べさせてあげよっか?」
「お前病院行け」
冷たく言い捨てるけど、こんな事でめげる彼じゃない。むしろさっきより満面の笑みを浮かべて近寄ってきた。
「もう、先輩ってばツンデレなんだから。昨日なんて、俺達一線越えちゃったんだよ?」
「無理やりだろ!!」
この変態、と喉まで出かかったけど、妙な引っ掛かりもあって強い態度には出られなかった。
昨日、確かこいつの性欲処理にいつでも付き合うと約束してしまったから。
ため息を飲み込み、額を押さえていると柚は隣に並んだ。
「あのさ、先輩を最初に襲ったのって誰? 朝間さんじゃないでしょ?」
「何でそう思うんだよ」
「本当に初めてだったら、もっとパニック起こしてると思う。俺が抱いたときも……」
上向きになりながら、彼は腕を組む。
「先輩は触られるの嫌いじゃん? なのに身体を許した、初めての相手が誰か知りたいな」
まだ頭が回らない。
瞼を閉じて、思考も畳んでしまいたい。
「……くだらない」
そう言うしかなかった。下手に喋ろうもんならきっとボロを出す。
自分は弱い。それに考えが浅いみたいだから、彼らに翻弄されてしまう。
「ははっ。まぁいいや、いつか教えてね」
柚は枕を抱え、再びベッドに倒れ込んだ。
しかし、時間が経てば経つほど違和感を覚える。
何でこいつは、こんなに俺に執着してくるんだろう。セフレが欲しいならいくらでもツテがありそうだし、金が欲しいならオッサンを相手すればいい。ディープな場所に行けばセックスが上手い奴なんて簡単に見つかる。
じゃあ、求めてるのは別に快楽じゃないのか。
「お前、おかしいよ」
「うん。よく言われる」
「だろーな」
隣にどかっと腰を下ろした。
「俺もだ」
“普通”を忘れかけている。
お互い普通じゃないと再確認して、食事が運ばれてくるまで見つめ合っていた。
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