虚勢と

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「あれ。一架か?」 「継美さん……」 棚の前で作業していた継美は、一架に気付くとすぐに手を止めてやって来た。 「どうした。朝一で図書室に来るなんて」 どうした、と訊かれると困る。もちろん本に用があるわけじゃない。目的は目の前の彼だ。けど……。 考え込んでるのが伝わったようで、彼は俺の腕を引いて図書室の扉を閉めた。 「何だ。もしかして俺に会いたかったとか?」 耳元で囁かれ、顔が熱くなる。 でも……つまり、そうなるのか? 混乱を悟られないよう俯いていると、無理やり顔を上げさせられた。 「顔真っ赤。また熱出たのかと思ったけど、今回は違うっぽいな」 「……っ」 前髪を持ち上げられ、額を触られる。 ひんやりと冷たい。ずっと触れていてほしいと思ってしまった。 他人に触られることがあんなに嫌いだったのに。……俺を強引に変えたのは、やっぱりこの人なんだ。 「さっきから何も言わないけど、俺に会いたかったのはホントってことかな」 彼の言う通り、図星だ。でもそれだと完全に、俺が彼を好きということになる。 ……いやいや、俺がここへ来たのは安心したかっただけだ。 今一番心を落ち着けられるのが、この人のところだった。ただそれだけ。でも、それがそもそもおかしいのか。 前は顔を見ることすら嫌だったのに、今はこうして自分からわざわざ会いに来てる。 昔とは違う。今はもう、欲しいものを強請れる相手でもない。悪いことをしたら粛清してくる存在だ。 間違った道に進んだら、容赦なく後ろから襟を掴んでくるような人。 そんな人に、俺はもっと早く。 「……会いたかったのかも」 つい、そんな言葉が口から零れていた。 ちぐはぐな感情に振り回されている。心と体も連動してない。 今はただ、継美さんの反応を見るのが怖かった。けれど言葉は返ってこなくて、代わりに視界が揺れた。 何故か、優しく抱き寄せられていた。 「ち、ちょっと……誰かに見られたらどうすんだよ」 「大丈夫。誰も来ないよ」 そんな保証どこにもない。と言ってやりたかったけど、存外彼の腕の中が心地よくて、どうでもよくなってしまった。俺も末期かもしれない。 そりゃそうか……。 昨夜の出来事を想い返せば、頭がおかしくなってもおかしくない。 つい笑いが零れた。 「俺、もしかしたら視姦よりこの感触が好き」 「おいおい。あんまり嬉しい告白じゃないな」 「そんなことない、……すごいことだよ。俺の一番の生き甲斐を奪うなんて」 そうだ。“それ”は俺の全てだったのに。 今は霞んで、冷めきって、土台から崩れてしまった。足元に落ちたそれは、見ないふり。 俺はまた隠し事ができてしまった。 継美さんにだけは絶対知られたくない秘密。この人に会うときだけ、息ができなくなる。
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