【1】私

2/7
前へ
/87ページ
次へ
 波を切る。体がしなる。私は思い切り飛び上がる。  風と身体の短い触れ合いの後、勢いよく潜る。身を包む水が心地よい。  向こうで母さんが呼んでいる。ずいぶん離れてしまった。怒られないうちに戻らないと。  母さんがこっちに来る。動くたびに水が渦巻く。母さんは大きい。 「離れちゃだめでしょ」怒られた。 「あなたはまだ小さいんだから」 「またそれ? 」たまには私も言い返す。いい子ちゃんは嫌だ。 「さっきの見たでしょ。あんなに飛べるようになったのに」 「まだまだ」そう言われると、言い返せない。  目の前から母さんが消えた。と思う間も無く、黒い影が水面を貫く。  母さんが飛んだ。全身の力が水を打ち、大きな身体が宙に浮く。  戻ってきた母さんを呆然と見つめる。 「母さんを超えられたら褒めてあげる」そう言われても、今の私に勝ち目はない。  多少の分別はつく私は、大人しく群れに戻されるのだった。  私の群れは全員で十匹。私と母さんの他に、四組の親子がいる。私たちは性別で群れを分けるから、ここに雄はいない。だから私は、父の顔を知らない。最もそれは皆同じだから、寂しいとも思わないが。  帰ってきた私たちを真っ先に迎えてくれたのは、ナモさんだった。群れで一番長生きで、色々なことを知っている。 「おかえりミソラ。子供が大きくなると大変ね」  ミソラ。母さんの名前。不思議な響きの言葉だ。どういう意味か聞いたことがあるが、答えはいつも「大切な名前なの」ばかり。ナモさんや皆に聞いても、誰も知らなかった。 「もう三歳になるのに、困っちゃいます」と母さん。 「可愛いのは今だけよ。大きくなったら何処かに行っちゃうんだから」とナモさん。 「可愛いですか? 私」と私。お世辞でも褒められるのは嬉しい。母さんもたまには褒めてくれてもいいのに。浮かれていたら母さんにつつかれた。ナモさんが笑っている。恥ずかしい。 「そっか。もう三歳か。もう直ぐ『名付け』だね」
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

123人が本棚に入れています
本棚に追加