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波を切る。体がしなる。私は思い切り飛び上がる。
風と身体の短い触れ合いの後、勢いよく潜る。身を包む水が心地よい。
向こうで母さんが呼んでいる。ずいぶん離れてしまった。怒られないうちに戻らないと。
母さんがこっちに来る。動くたびに水が渦巻く。母さんは大きい。
「離れちゃだめでしょ」怒られた。
「あなたはまだ小さいんだから」
「またそれ? 」たまには私も言い返す。いい子ちゃんは嫌だ。
「さっきの見たでしょ。あんなに飛べるようになったのに」
「まだまだ」そう言われると、言い返せない。
目の前から母さんが消えた。と思う間も無く、黒い影が水面を貫く。
母さんが飛んだ。全身の力が水を打ち、大きな身体が宙に浮く。
戻ってきた母さんを呆然と見つめる。
「母さんを超えられたら褒めてあげる」そう言われても、今の私に勝ち目はない。
多少の分別はつく私は、大人しく群れに戻されるのだった。
私の群れは全員で十匹。私と母さんの他に、四組の親子がいる。私たちは性別で群れを分けるから、ここに雄はいない。だから私は、父の顔を知らない。最もそれは皆同じだから、寂しいとも思わないが。
帰ってきた私たちを真っ先に迎えてくれたのは、ナモさんだった。群れで一番長生きで、色々なことを知っている。
「おかえりミソラ。子供が大きくなると大変ね」
ミソラ。母さんの名前。不思議な響きの言葉だ。どういう意味か聞いたことがあるが、答えはいつも「大切な名前なの」ばかり。ナモさんや皆に聞いても、誰も知らなかった。
「もう三歳になるのに、困っちゃいます」と母さん。
「可愛いのは今だけよ。大きくなったら何処かに行っちゃうんだから」とナモさん。
「可愛いですか? 私」と私。お世辞でも褒められるのは嬉しい。母さんもたまには褒めてくれてもいいのに。浮かれていたら母さんにつつかれた。ナモさんが笑っている。恥ずかしい。
「そっか。もう三歳か。もう直ぐ『名付け』だね」
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