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ぼくは海外でも有名だった懐かしい日本人モデルを思い浮かべ、名前を思い出そうとしていた。とにかくその感じを真似たいのはよくわかった。しかし、髪をぺたりと貼り付けている意味がよくわかない。顔のシルエットを細く見せたいのだが、貼り付けないと髪がうまくまとまらないのだろうか。あるいは、単純にカツラなのかもしれない。
けれど、えつこのフォルムは、モデル体型に程遠い。まず首が異様に短いのだ。それに、以前、外ですれ違ったときは、けっこう大きい人だと思ったが、それは高いヒールを履いていたからだったとこの部屋に入ったときに知った。よく見れば、肩幅があるのも衣装のせいだとわかった。母親と同じような黒ずくめのゴシック調である。
化粧の濃い顔が、しまりなく、キッチンに向けられる。
「ねえ、おかあさん、なにを」
「えつこさん、お客様がいらっしゃているでしょ。お茶を運ぶんですよ」
キッチンから細くて優雅な声が返ってくる。えつこは急に動いて、頬をぷうと膨らませ、ぼくに汚いぬいぐるみを渡してきた。預かってくれということなんだろう。
この猫のぬいぐるみは子供時代から離さないらしい。目が取れかかっているし、髭はもう一本しか残っていない。毛もだいぶ剥げて、猫というより、使い込んだモップのようだと思った。
えつこはキッチンに行くまえに、なぜかリビングから玄関に続くドアの鍵をかちゃりと締めた。ぼくの顔を警戒の目で見、その猫背はキッチンに消えていった。歩いている、という感じのない奇妙な歩き方だった。
「お待たせしました」
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