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1.本が落ちてる
本が落ちていた。
「ねぇねぇ、この本」
相席という言葉を記憶の小池から釣る餌になる事柄に、僕は返事を優先するべきか迷ってでも。
「なに。そして、君は誰?」
と、ギリギリの反射速度で返事に軍配をあげる、ものいいは聞こえない。
「そんなのいいじゃない。自己紹介以前の出会いと会話、素敵をあなたに、そして私に」
図書室の出会いは憧れた再放送フィルムドラマのように時代に遅れていて、僕は嬉しくなってしまう。
第一、彼女は女生徒だったし、僕とは違うクラスだったし。眼鏡レンズ越しの瞳には僕がクッキリ映っていたし。
「この本がどうしたのさ」
その子の指は僕のと比べてグラデーション跳躍幾つか分白かった。本のページを挟んだ白い指を、引っこ抜いたウインナーの代わりにサンドしてみたい、いつか叶えるはずの性的なフェティッシュが瞬くほどに確かに、素敵な出会いだった。
「いい?」
と、その子は肩までの髪の毛を本数読めるようにばらして傾けた十四歳になって言う。傾げた小首だけまだ十三歳のようにも思える。
「ほら」
指がページをめくって、指より白いページがペラペラと、乾燥しているのに何処か卑猥な音をたてる。
「ああ、なんだ落丁本」
「って言うんだ?」
「うん」
「せっかくここまで読んだのにさ、ところで、私、二年二組、緑山月子です。お見知りプリーズ」
プリー、ズ、で、緑山さんは本をよくもそれだけと感心するほどうるさく畳んだ。図書室にいた他生徒が全員僕らを見て、また本のページに戻っていく。みんな図書室にあって図書室にいる人らしくちゃんとしている。
「僕は、二年四組、吉沢拓海、よろしくジュテーム」
違和感に付き合うことの面白さは、いつ覚えたんだろう。忘れてしまったけど、いつか僕はその味を覚えたんだ。変な奴、怖いかもしれない一見の事象、違和感に添ってみる。大丈夫、蛇が出ても地獄に着いても、一人じゃないし、先導が成果を得てのことのはずだから。後ろを行くのは、安心さ。
「吉沢君。なんだ、知ってる。懸垂王でしょう」
緑山さんの白い指が十本揃って屈曲し、透明な鉄棒を握った。懸垂回数十六回、たまたま全クラスで二番目だった。二番目だから王はおかしいけど、緑山さんの握る透明な鉄棒を見ていると、良くやった自分と、僕は鼻を手の甲で拭いた。
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