家庭教師 二

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「どんだけチョコボール好きなの先生」 「こないだ大人買いしたんだけど、ちょっと飽きてきたわ。それはいいからドリル出して」 「あーい」  中学一年生であるヒサクニの数学は、分数の掛け算から滞っていた。他の教科も似たようなものである。  結局、彼が小学四年生の時に使っていた計算ドリルを引っ張り出して使う羽目になった。不自然なほどのマルだらけで、問題ページは真っ白なのに何故か解答ページの方に折り目が多い。  大人達からプレッシャーを受け続けた末に築かれた、彼の負のレガシーだった。 「じゃあ四三ページの、おーい寝るなって。君マジですぐ寝るよね」 「んー」 「まだ八時じゃん。普段いまごろ寝てるの、」 「いつもはドラクエしてる」 「ドラクエってまだあるんだ。先生が子どもの頃はカジノで破壊の鉄球が…や、いい。勉強始めよう」 「え、何?めっちゃ気になる!」 「いいって脱線だから。ほら問題写して」  ヒサクニの通う中学校では、試験結果として順位と得点の表が貼り出される。そこに氏名は書かれておらず、テストの得点を知っている自分自身だけが順位を知ることができる仕組みだ。  ただ、彼の所属する野球部においては、部員全員の成績を申告させ共有する。文武両道をモットーとする厳格な顧問教師は、成績下位の者は朝練の柔軟体操とランニングを除いて部活動に参加させない方針を採っていた。  入学以来、ヒサクニは最下位の成績を部内で晒され続け、使われることのないバットとグローブは玄関脇で新品の匂いと輝きを放ち続けている。
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