家庭教師 二

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 困り果てた彼の母は家庭教師を頼むことにした。  塾にもやってみたが一ヶ月で行かなくなった。宿題を何度か一緒にみてやったこともあるが、理解の遅さについ怒ってしまって以来嫌がるようになった。  何がいけないのか分からないが、とにかくこのままではいけない。  せめて全教科でコンスタントに四〇点を取れるようになってほしい。でないと練習試合はおろか素振りもノックもさせてもらえないのだ。  これが初回訪問日の保護者面談の概要だった。 「すみません、野球って僕はよく知らないんですけど。どうして野球をさせたいんですか」 「それは、そういう経験が後々社会で役に立つと思って。本人も嫌いではないみたいだし、」 「校外のチームとか、サークルというのも無くはないと思いますけど。そういうのはどうでしょう」 「あ、いえ。…才能というか、そこまではちょっと」  家庭教師のアルバイトをしていると、理解できない感覚と日常的に触れるようになる。  わざわざ苦しい方へ向かわせるのはどうしてだろう。ヒサクニの置かれた状況を垣間見て、気の毒に思う。 「どうなりたいとか、ご本人としてはそんなことを仰いますか」 「いえ、特には。でも今時せめて高校までは…もう普通に、スーツを着て働くようになってもらえれば、私はそれで」  彼女の父の職は自営業でスーツを着るのは官公庁の入札会場に行くときくらいのもので、彼女の元夫は粉塵まみれの木材加工場のNCルーターのオペレータで、彼女自身は伝手で入った造園屋で作業着を着て事務員をしている。  皆と同じはずの、どこかで聞いた事のあるようなストーリーを辿りたい、辿らせたい。  そんな幻想の象徴のように感じられた。スーツを着る習慣のない人達が口を揃えて言う。『スーツを着るのが普通』と。
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