家庭教師 二

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 一介のアルバイトに過ぎない大学生とそんな会話を何言か交わすと、中にはわずかに表情に出る人もいる。ヒサクニの母もそうだった。  多分こんなところだっただろう。    何この人。仕事に関係ないことばかり掘り下げて。    部活以外で野球をするなんて考えられない。当たり前のことでしょ。    たかが三流の地方大学生の癖に何様のつもりなんだろう。  家庭教師とは生徒の成績を、試験の点数を上げるためにあるのだと思っていた。  現実には違う。  伸びる生徒は、そこが塾であれ学校であれ集団指導の中で自ら考え、質問し、理解し、競い合い勝手に伸びてゆく。はなから家庭教師を必要としない。  伸びない生徒は、どれだけ勉強させられても伸びない。与えられた物は指の間からこぼれ落ち、ことごとく放っているだけなのに、自分は皆と肩を並べて先へ進んでいると勘違いする。  やがて取り繕い、空しい嘘をつくようになる。どこが分からないか分からない…皆が俯いて辛そうな顔を作り、同じ事を言う。それを分かろうとしない限り嘘は本当になる。  秋から行った数回の授業を経て感じた。ヒサクニの成績は上がらない。  言わずもがな、三〇秒あれば居眠りをし、ドリルを開くのは週に一度、僕が家にやってくるその日その時間だけだ。そのほかはテレビゲームをやっている。入学したばかりの頃は庭でバットを振ったりしていたそうだが、最近はもうそれもない。  そんな彼を母は静かに見ている。よそよそしくなりつつある家庭が、他人に幻想を求めるようになっていった。家庭教師が付けば劇的に変わるはずだと。  いま最下位を脱するためには二〇点多く取らないといけない。皆と彼の差は時間を追うごとに開いてゆく。
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