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4.真実
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この街に入ってから五日、主だった施設の調査も終え、ユーリィはクドと共に図書館を訪れた。そろそろこの場所に別れを告げる時が迫っている。今日もおそらくアンドレ・ヤンは戻ってこない。
「おそらく、というのは僅かな可能性がある時に使う言葉だ。確率はゼロだ、ユーリィ」
「分かっているよ。けれどもしも、という場合だってあるだろう?」
「もしもは無い。ゼロだ」
「分かったよ」
頑固な犬型ドローンに小さく首を振り、ユーリィは玄関を潜る。
「おはようございます」
今日は自分からそう言ってユーリィは彼女に話しかけた。そのことに戸惑ったようで、視線を中空に彷徨わせ、それから付け足したように「おはようございます」と答えた。最初に遭った時と同じ服装、同じ髪型、同じ眼鏡、同じ顔で、おそらくこれが彼女の当時の日常だったのだとユーリィに思わせた。
「今日、アンドレ・ヤンさんは来ますかね」
「すみません。彼は明日」
「来ませんよね。分かっています」
ユーリィは彼女の言葉を遮って笑みを浮かべると、ひと呼吸置いてからこう切り出した。
「実は彼、アンドレ・ヤンという宇宙飛行士が存在しないことは数日前に確認済みでした。そもそも彼が行くはずだった月面基地はもうありません。月そのものが今は無いんですよ。知りませんでしたか?」
ジャスミンは「分からない」と首を振る。
「これを見てもらえますか」
ユーリィがクドに合図をすると彼は倒れたケースの隣の白い壁に、ある映像を投影した。
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