1.滅びた世界

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    2 「クド、学校だよ」 「何故わざわざ口に出す? ワタシのカメラには問題が発生していないから、見れば分かる」  二時間ほど壊れた街を歩き回り、坂道を上った先にその大きなコンクリートの建物を見つけた。クドの方がユーリィよりずっと遠方の物体を視認できたが、辛うじて残った校門跡と思しき柱まで歩いてくると、そこの金属プレートにハイスクールという文字が刻まれているのが分かった。中を見やれば草や木で覆われてはいるが校庭だったと思われる広い庭を取り囲むようにしてコンクリートの三階建てが二棟、存在しているのが確認できる。 「とりあえず調べてみよう。これまでのデータから何か役に立つものが残っている可能性が高い、だろ?」  クドは何も言い返さずに一つ頷き、先に歩いていく。 「次のアップデートで冗談を理解する機能を付けてもらいたいと要望しておいてくれないかな」 「了解した」 「そこはスルーするのが正解だと思うんだ」  何故? という視線を向けて立ち止まったクドの脇を、小さく首を振りながら追い抜いていく。発声せずにやり取りできればもう少しドローンとの交流もスムーズなのかなと思ったが、常にいつもの小言を聞かされることを想像すると、それも勘弁だなとユーリィは溜息をついた。  生徒用と思われる玄関前までやってくる。外壁こそ部分的に破損、剥離(はくり)しているものの、建物の大きな(ゆが)みや傾きは計測できない。クドは鼻先を壁や柱、割れた窓等に向け、安全を確認する。彼のセンサは安全性を評価したようで、ユーリィに小さく頷くと、先行して屋内に入っていく。  建物の多くは半壊から全壊し、そのままの状態で長い時間が経過していることもあり、ちょっとした振動で崩れてしまうことがままあった。ユーリィが記録士として調査を始めた頃には幾度となくクドの警告を無視して先行し、危なく壁に押しつぶされるといった経験をしたが、最近は調査規則を守り、必ずクドによって安全性が確認されてから侵入するようにしていた。 「学校、という制度が昔はどこでも機能していたんだっけ」 「必要なら資料を取り寄せるが?」  窓ガラスは全て割れてしまっていた。その為か、廊下の隅には土が堆積し、日の入る箇所には植物が葉を広げている。壁や天井に(つた)が這い、苔で覆われてもいた。 「一度資料で読んだし、何ならいつも読んでいる小説の中にはそういった舞台を扱ったものもあるから、何となくの理解はしているよ」 「何となく、は六十%程度のことか?」 「何となくは何となくだよ。同じ服を着て同じ部屋に集まり、同じ学習を行う。そういった不便さをよく当時の人たちは享受していたものだね」  自分と同じ年代の、他人たちと勉強の為に生活を共にする。そのメリットがユーリィにはよく理解できなかった。それは記録士という孤独な仕事が日常となっている故に集団生活とは無縁だからか、フィクションの中で描かれているような友情や恋愛といった感情にあまり関心がない所為だろうか。  クドは何か言おうとしたが咄嗟(とっさ)にユーリィが先に行くよう促したから黙ったまま、教室の一つに入った。  同じ木製の天板にスチールの曲がった脚が付いた椅子や机が重なって壁に固められている。人為的に綺麗に並べたものではなく、水流のような圧倒的なエネルギィにより一箇所にまとめられたものだ。窓は全てガラスが無く、カーテンは大きく裂けて苔が繁殖していた。振り返ると深緑の板が前側の壁に貼り付けられているのに気づき、それは「黒板」と呼ばれるものだとクドが言った。  あれが起こる前、そこには何が書いてあったのか。今は推測することすら難しい。白く曇ったような汚れと、貼り付いた泥、蜘蛛の巣が張り、そこに文字を書く為のチョークは一本として存在しない。  調べてみたが特に使えそうなものはなく、クドと共に廊下へと出る。  同じようにどの教室も役立ちそうなものは残っていなかったが、職員用の小さな部屋には窓がなかったお陰だろうか、パイプ製の簡易ベッドが固くなったマットレスと共に見つかった。 「久々に屋内で休めそうだよ、クド」  上に乗って強度を確かめながらそう言うと、クロゼットの中身を確認していたクドは一度顔をユーリィに向け、 「二週間前に教会で、一週間には漂着していたバスの中で仮眠を取った」  と訂正した。
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