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図書館を訪れるのは後回しにしてユーリィはクドと共に他の生き残っていそうな施設を見て回ることにした。
何もかもが息絶えた、と云われている『ヴァルプルギスの火』を超えた現在、それでもまだ僅かな人類は生き延びていた。ただ彼らは汚染された外気には触れられず、地下シェルターでひっそりと暮らしている。記録士の仕事は変貌してしまった地表の状態を観察しデータとして本部に送ることで、やがて再び人類が地上で暮らせる下準備を整えることだ、とコードには記載されていた。
学校から五キロくらい離れた場所に真っ白な建物があった。家ではない。
「モスク、と呼ばれるものだ」
クドが答える。
尖塔はなく、礼拝用の部屋と体を清める為の個室や倉庫が設けられているだけの、質素なものだった。壁や天井の装飾もない。ユーリィはライブラリで見た聖堂のようなものと違い、もっと生活感が滲む建物だな、と感じた。当時は毎日五度、ここに近隣の住民が集まり礼拝をしていたのだろう。
――こういった公共施設を核シェルター構造にでもしておけば、もっと沢山の人間が生き延びられたのだろうか。
そんなもしもをよく考える。
「ユーリィ。それは質問か?」
どうやら声に出してしまっていたらしい。
「ただの独り言だよ。それにしても、どうして昔の人々はこんなにも神を信じていたんだろうね」
「神学、あるいは哲学から幾つか引用しようか?」
「いいよ。それは面倒そうだ。クドはもっと気を回すといった精神構造のアップデートが必要じゃないかな」
だが犬型ドローンはそれには何も答えず、記録の為に施設内を歩き回る。
一分も見れば全てに目を通せるような質素な空間だった。予想通りだ。
「何もない」
ユーリィ以外の記録士の大半が、その一言を記入する。この世界では人が作ったものは現在機能しているものを除いてほぼ失われてしまっていた。代わりにかつて「自然」と呼んでいたその一部である植物や昆虫類が探す必要がないほどに増えてしまっている。
「収穫はなしっと」
入り口に戻ると、先に出たクドが盛り上がったアスファルトの上でこちらを振り返っていた。さっさと次の場所を調査しようというつもりだろう。
「ねえクド。この花は何という名前だろう」
それは建物の左手側の空間に造られていた。煉瓦で囲った中から植物が溢れるように茎や葉を伸ばしていた。ユーリィが注目したのはその中で一輪だけ咲いている、小さな白い花だ。鬱蒼と伸びる緑の中で星のような五枚の花弁を持つそれはあの図書館に唯一残る彼女の姿のようでもあった。
「記録した。後で問い合わせる」
戻ってきたクドは目を向けて撮影すると、いつまでもそこを立ち去ろうとしないユーリィに改めてその視線を向ける。
「どうした?」
「名前が登録されていない場合はボクが付けても良いんだったよね?」
「コードにはそう書いてある」
記録士のもう一つの仕事。それが命名だった。おそらくこの街も彼が名付けることになる。ただその街に特徴的なものがなかった時にはいつものように適当な数字とアルファベットの組み合わせを選ぶことになるだろう。ユーリィは自分以外が既に名付けた街を偶然訪れ、そこに付いた味気ない記号のようなそれをクドから聞かされた時に思わず「その程度なら記録士が付ける必要はない」と言ってしまった。
それについて特にクドは何も言わなかったが、あの時の感情の昂りは何だったのだろうかと今も時々考える。
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