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その日も高校のベッドで夜を過ごした。
クドはバッテリィがもったいないからとまだ省エネモードのまま、屋上で今日も衛星通信を試みている。大半の衛星が機能停止してただのデブリになりはて、僅かに送受信可能なものは分厚い雲の隙間を通すような微弱な電波の交流しか行えないらしい。
「雨、か」
季節というものが無くなっても雨は降る。けれどその雨粒は酸性が強く、地表に出ているものの腐食を早めた。ユーリィたちの装備はコーティングがされているがそれでも一月毎に新しいものに取り替える必要がある。
「残念だったね」
部屋に入ってきたクドは本物の犬のようにぶるっと身体を震わせ、表面に付着した水滴を飛ばす。何か言うかと思ったが特に言葉もなくベッドの下まで歩いてくると、体を沈めてそこで睡眠モードに切り替わった。
「クドも植物のように光や水でエネルギィを生成できるように造られていれば良かったのにね」
「ワタシは植物ではない。雨は残念だ。その意見には同意する」
「何だい。別に答えてくれなくても良かったのに」
それでも少しだけ気分の落ち着きを感じて、ユーリィはゴーグルに小説を呼び出す。明日にはジャスミンのことで決断をしなければならないかも知れないと思うと、できるだけ内省的ではない冒険活劇や探偵小説を読みたくなった。
だがその翌日は一日雨で、無理をすれば調査ができない訳でもなかったが基本的に酸性雨の中で動き回るのは流石のクドも勧めない。二、三の言葉のやり取りの後でユーリィは結局無駄なエネルギィ消費を抑えることを選択した。
そんな時、彼以外の記録士がどういった過ごし方をしているのか知らないが、ユーリィは必要な資料を読み込むか、クドに記録してもらった映像を見直して調査レポートの下書きをするか、好きな小説を読むかぐらいしか選択肢を持っていなかった。
最初はゴーグルに今後の環境浄化予測の資料を呼び出して眺めていたが、一時間もすれば飽きて、結局いつも通り小説を開いた。寝転びながら視線の動きでページを捲る。かつてはこれをわざわざ指を使い、紙に印刷されたものを一枚一枚次に送っていたのだというから驚きだ。その上、デジタルデータなら何百冊分を軽々と持ち歩くことができるが、本という形態だとせいぜい十冊が良いところだった。「そんな文明だから滅びたんだ」とこのゴーグルを開発した人間は言っていたけれど、彼女はページを捲る音をわざわざこの機能に追加している。その件について尋ねると「風情というものよ」と興味なさそうに答えた。
手持ちのライブラリにはカフカやカミュ、ヘッセといったヨーロッパの作家から、トルストイ、ドストエフスキーといったロシアの文豪の名も並ぶ。ごく稀に日本という国の作家のものも読んでみるのだが言語翻訳機能に支障があるようで、上手く日本語が訳せずに珍妙な言い回しになってしまうことが難点だった。
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