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名古屋市中村区太閤、名古屋駅の南に位置する町の小さな交差点で、その事故は起こった。
信号待ちをしていたブルーのセダンに、後ろから来た黒いライトバンが追突したのだ。午後二時を過ぎたばかりの、暑い盛りの出来事だった。
ライトバンを運転していた白井順也二十三歳フリーター独身が煙草に火をつけるため、前方から眼を離した隙に起きたことだった。彼は手前の信号が赤であることも、前方に車が止まっていることも認識していた。だから速度は充分に落としたつもりでいた。それでも追突してしまったのは、彼の目測が甘かったからだった。
ズン、と鈍い衝撃かま二台の車を襲った。白井はすぐに自分の失態に気づき、舌打ちした。つい先月、駐車違反で切符を切られたばかりだった。今度何かやったら免停必至であることも自覚していた。だからこの一ヶ月ほどは自分でも意識して安全運転を心がけていたはずだった。しかし、ふとした気の緩みが、今までの苦労を水の泡にしてしまった。
「くっそお……」
悪態をつきながら、彼は車を降りた。
スピードを落としていたので、たいした事故ではない。そう思っていながらも衝突箇所を見るのは怖かった。
自分の車のほうは、少しバンパーが凹んでいる程度だった。だが前方のセダンは、やはり後方バンパーが凹み、さらにボディにも歪みが生じたのか、後ろのトランクが開きかけていた。
セダンのドアが開き、運転手が降りてきた。二十代後半くらいの女性だった。
なんとか話し合いで事故をもみ消しにできないだろうか、という白井の目論見は、その女性の顔を見るなり瓦解した。女性は文字どおり柳眉を逆立てて彼を睨みつけたのだ。
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