1話

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「わたし、これから行かなきゃならないところがあるのよ。すぐ直して」 「いや、すぐに直してと言われても……」 「直しなさい。今すぐ直しなさい!」 「それは……」  白井は途方に暮れるばかりだった。いくら非があるとはいえ、こんな理不尽なことを言われては、たまらない。 「あのですね。まずはお互いに保険屋に電話を入れてですね、しかる後に責任分担を決めて……」 「なにを悠長なこと言ってるのよ。今すぐ車を元どおりにしてよ!」  野次馬たちの間から失笑が洩れ聞こえてきた。理不尽な注文に当惑している自分を(わら)っているのだ、と白井は思った。頬や耳朶(みみたぶ)が赤く熱くなった。背中に嫌な汗が流れる。よりによってなぜ、こんな女にオカマを掘ってしまったのだろう、と自分の不運を嘆き、不運の元となった衝突箇所に、もう一度視線を移した。  そのとき、彼は気づいた。  相手側のトランクが半開きになっている。その隙間から何かが顔を覗かせているのだ。細くて小さなものだった。どこでもよく見かけるもの、だが、すぐには何だかわからなかった。よく確かめようと白井は顔を近づけ、  そして、悲鳴をあげた。 「何やってんのよ!」  その場に尻餅をついた白井に、女は罵声(ばせい)を浴びせた。 「ゆ……ゆ……」  白井は口を(とが)らせて言葉を発しようとしたが、できなかった。 「はあ?」  女は顔をしかめ、(いら)だちを(つの)らせる。 「ゆ……」 「何が『ゆ』よ。馬鹿じゃないの?」  女は自分の車のトランクに手をかけ、開けた。  次の瞬間、悲鳴をあげたのは女のほうだった。
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