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「──白井って男が最初に眼にしたのは、トランクの隙間からはみ出ていた指だったの。人間の指」
ソファに腰をおろした晶子は、そこで言葉を切り、冷たい紅茶を一口飲んだ。
「あ、この紅茶、いい香りじゃない」
「でしょ」
愛之助が微笑む。
「ベランダで栽培したミントの葉を浮かべてみました。真夜中に頭をすっきりさせるには、こういうのもいいと思ってさ」
「ああ、この葉っぱがそうなのね。てっきり、これも紅茶の葉だと思ってた。ミントってガムの原料じゃないのね?」
「……晶子さん、それ他では言わないでね」
「あれ、今あたし、そんな恥ずかしいこと言った?」
「……いや、いいよ。話を続けて」
愛之助は微苦笑を浮かべながら、自分もミント入り紅茶を飲んだ。
「すぐに警察が呼ばれて捜査が始まったわ。セダンのトランクから出てきたのは、ビニールシートに包まれた男の死体だった。身許はすぐにわかったの。高内敬之三十二歳、セダンを運転していた高内楓の夫よ」
「死因は?」
「後頭部を鈍器で殴られた後、紐みたいなも首を絞められていたの。死亡推定時刻は昨夜十一時から今日の午前二時頃の間。事故のおかげで死体が見つかったのが今日の午後二時すぎだから、殺されて十二時間から十五時間後に発見されたわけね」
「高内楓だっけ、殺されたひとの奥さんは、なんて言ってるの?」
「あたしたちが到着したときにはまだ、錯乱状態で何も話を聞けなかったの。でも一旦警察署に連れていって落ち着かせてから話を聞こうとすると、今度は『何も知らない』の一点張り。まともに話をさせるのに、ずいぶん苦労させられたわよ。
とにかく彼女の話をまとめてみると、高内敬之は昨日の夜から帰ってこなくて、どこに行ったのかもわからなかった。今日は陣内の実家に行く用事があったんで、彼女は二時ちょっと前に車で家を出たの。追突されてトランクが開くまで、夫が中に入っているなんて全然知らなかった。ということなんだけど」
「知らなかった、か。でもそういう状況だと、なかなか信じてもらえないだろうね」
「あたしを含めて彼女の話を全面的に信じている警察の人間は、今のところ皆無でしょうね」
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