偽りの4月

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偽りの4月

 カチリ――どこからか、そんな音が聞こえた。  視界に色が咲く。  世界は、こんなにも光に溢れていただろうか―― 「初めまして」  穏やかな陽光が降り注ぐ、高校の桜の木の下。視界の隅で、遅咲きのピンクの花びらが、風に乗ってふわりと舞う。そんな中で、突然に声を掛けられた私は、ひどく戸惑っていた。  思わず、辺りをきょろきょろと確認してしまうものの、どうやら今の言葉は私に向けられたもので、間違いないらしい。その事実が、更に困惑を誘う。  おそるおそる、口を開いた。 「……初め、まして」  驚きから、なんとかそう返すだけで、いっぱいいっぱいだった。そんなことが実際に起こるわけがないというのに、心臓が胸の奥で跳ねて、うるさく存在を主張している。  それもそのはず――声を掛けてきたのは、画面の向こうでも見たことのない、目の覚めるような、いわゆるイケメンの爽やかな男子高校生だった。  教師よりも上なのではと思わせる高身長で、雑誌で見るモデルのように脚が長い。ハーフだろうか。すっと高い鼻梁、くっきりとした二重まぶたに、長い睫毛から覗く切れ長の茶色い瞳。サラリと揺れる、明るめの茶髪がよく似合っている。声はもっと聴きたくなるような甘やかなもので、向けられる笑顔はアイドルのようにキラキラと輝いていた。少しはにかんだようなところに、可愛らしさを抱かせる。  今日は、この学校の入学式だ。  ということは、非常に信じられないが、この子はついこの間まで中学生だった、この春からの新入生であるわけだ。  こんなイケメンがいたなら、学校中の噂になっているどころか、女子たちが放っておくはずがない。今この時だって、遠巻きに女の子たちが彼を見ている。この私が、今までその存在を知らなかったのだ。在校生であるはずがない。  一般人ではないと言われた方がしっくりくるような、そんなオーラを放つ新入生を前にして、私は妙に冷静な頭でそのようなことをつらつらと考えていた。だが、彼の次の言葉に思考が停止する。 「貴方に一目惚れしました。俺と、付き合ってください」  風が凪いだ。まるで、時が止まってしまったかのようだ。私は瞬きを忘れて、ただただ目の前の彼を見つめる。  自分が今どんな顔をしているのかなんて、微塵も意識が向かない。  こちらへと、まっすぐに向けられる視線。緊張から、少し揺れた声。漂う空気――それらすべてが、彼の言葉は冗談などではなく、真剣なものだと私に告げている。
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