幻の本

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 皆、それぞれの思惑を懐き、岡崎の手元を見つめた。彼は両手で持った紙を出来るだけ鉄板に近寄らせ、離した。  熱気で少し位置がずれた古紙は、熱に身もだえた。だが表面に何の兆候も現れない。やがて微かに煙が出始め焦げた臭いがする。  皆が危険を感じ始めたとき、それは現れた。 「何だ!この文様は」 「地図ですよ、地図」  現れた文様を理解したのは岡崎だけだ。それは秘儀を伝える梵字だった。田中や助手が読み込めないのは二つの文字が重なっているからだ。  表は男体を現し、裏は女体を現す。二つの〈せい〉なる文字が同時に重なって現れたのだ。表裏に離された男女が熱により一体化し、抱き合い、融合する。男女は激しく求めあい悦楽のなか菩薩へ解脱する。 「危ない」  急に発した炎はまたたく間に激しさを増す。  紙は歓喜の声を上げ灰となった。                                   (終) 〈この物語はフィクションです〉 参考文献 真鍋俊照「邪教立川流」1999 筑摩書房 長松長慶「理趣経」1992 中公文庫 金岡秀友「さとりの秘密 理趣経」昭和四十年 筑摩書房
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