幻の本

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 宿坊旅館に戻り、さっそく戦利品に目を通す。〈改國舎〉たしか戦前に右翼系の本を出していた出版社だ。昭和四年初版。一巻目の目次で面食らう。〈仏教と回教〉接点のない宗教を同列に語るなど無謀であろう。簡単に読み進むと、単なる比較ではないことが判る。真宗の絶対他力本願と、イスラム教の絶対的な信仰について独特な解釈を述べていた。しかもこの頃翻訳されていない真正集〈ハディース〉からの引用もある。著者はアラビア語が出来た人なのだろうか? 読み進むと大学や研究機関に属さない市井の研究者で、真言系の僧侶であるかとおぼろげながら理解できた。読みながらいくつか独創的な見解に線を引く。こうなると購入出来なかった巻が気になる。  欠損巻は四巻目。内容は他の巻の巻末宣伝文で知ることが出来た。  第四巻目の内容〈理趣経と立川流の根本儀〉  岡崎は更に驚く。  理趣経に、セックスは清浄で恍惚は菩薩の境地だと肯定する記述がある。それを元に立川流はセックスを教義に取り入れた。その教えは邪教としてほとんどが焼却されたが、残された「受法用心集」には次のように書かれている。  行者は美女と交わり、その精液や愛液を死者の髑髏に百二十度塗り重ねる。すると髑髏は生気を得て喋り、貴重なお告げを賜ることが出来る、と云うものだ。  この過激な教義により立川流は邪教として弾圧され社会から退けられた。立川流については、ぽつぽつと研究論文も出始めていた。しかし昭和初期に立川流に目をつけるなどなかなかの慧眼だ。  岡崎は欠損する四巻目を無性に手に入れたくなる。この東方瑞雲なる人物は、どのような独創的解釈を立川流に対して行ったのか。だが今は他の巻で我慢しよう。その夜遅くまで岡崎は全集を拾い読みし、気が付けば深夜の二時に到る。
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