赤い本

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赤い本

 日が沈み出した秋の日。赤く染まった放課後の図書室の中で。 「桜子先輩、いつもその本を持っていますよね」  彼女、桂木桜子の向かい側に座っていた少女は藪から棒に口を開いた。桜子は本の世界へと入り込んでいた。けれども、その声により現実へと即座に舞い戻った。少女が言っていた本はしかし桜子が読んでいた本ではなかった。桜子は一冊の本を読んでいたけれど机の上には真っ赤な表紙の本が置いてあった。少女が指していたのはまさにその真っ赤な表紙の本のことだった。桜子は首を少しだけ右へと傾けた。長い髪はさらりと桜子の肩をすべりおちていった。 「あなた、意外と人を見ているのね。とてもぼんやりしていそうなのに」  少女はむっとして桜子への不満をぶつけようとしたが,喉から飛び出しかけた言葉をどうにか飲み込んだ。このままでは先輩のペースだ。一呼吸して話を仕切りなおした。 「その本、桜子さんはいつも持っています。しかし、私は、桜子さんがその本を読んでいるところを見たことがない。何故、読まない本を持ち歩いているのですか」  かねてからの疑問を言い切って少女は満足したように息をついた。桜子は手にしていた本を置いて、赤い表紙の本を愛おしむように見つめていた。 「この本はね、もう読みたい本がなくなったときに読むの」  桜子の返事はそれだけだった。今度は少女が首を傾げる番だった。少女は詳しく話をききたかったが、桜子が読書を再開したのでしぶしぶ本を開くことにしたのだった。
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