赤い本

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  桜子が青年に出会ってから一か月が経った。赤や黄色に染まった葉は地面に寝転がって冬を待っていた。青年に会う頻度は段々と少なくなっていた。桜子は一人にすっかり慣れていた。慣れていたが、青年に会えなくなることを考えたら涙がにじんでしまった。様々な本を読んだけれどやはり青年の本が一番だった。他の本はどうしても青年の本には及ばないと、桜子は心の底からそう思っていた。 桜子は青年に憧れて、物語を書こうとしたこともあった。しかし、言葉に詰まって結局途中で書くのを止めてしまった。頭の中では物語が生き生きと展開しているにもかかわらずいざ言葉にしようとすれば不明確で曖昧で、言いたいことは少しも表現できなかった。桜子はそのとき、青年の言っていたことが初めて理解できたような気がした。  木枯らしが吹き始めた日の夜、学校からの帰り道、あの橋の上で桜子は青年を見つけた。青年は橋の手すりにのって冷えきった川を眺めていた。桜子は驚きのあまり飛び上がった。そして固まってしまった。青年とかつての自分とが重なって暗い影が落とされた。桜子は考えた。  あなたにどんな言葉をかければいい。私の言葉で、どうやって。     
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