赤い本

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 それは桜子の一年前の思い出。その日、桜子は消えてしまいたいと願った。 桜子には、ときどき果てしなく暗い谷底へと突き落とされたように、急激に気分の沈む日があった。今日がその日だ。どうしようもない衝動に突き動かされるまま桜子は駆けていた。向かった先は家から歩いて数分の大きな河川にまたがる橋だった。  彼女の頭上には茜色の空が広がっていた。邪魔するものは何もない。人が通らない橋。桜子は橋の手すりに立った。どす黒く深い川がゆったりと流れている様子を見つめた。川の底から懐かしい誰かがおいでおいでと手招きをしているようだった。 「君。ここから飛び降りるつもりですか」  後ろから飛んできた鋭い声に桜子は反射的に振り返った。そこには細身の青年が立っていて、真っすぐに桜子を見つめていた。その手には一冊の本が握られていた。その本の表紙は空のように真っ赤だった。     
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