赤い本

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一人の朝食を済ませた桜子は簡単に身支度をすませると本を持って家から足を踏み出した。強い風が桜子へとぶつかってきた。赤や黄色に染まった葉がはらはらと風に乗って舞い散った。それでも桜子はあてもなく進み始めた。最初に青年と出会った橋までやってきた。そうして桜子は青年が歩いて行ったことを思い出してまったく同じ方向へと歩を進めた。しばらく歩くと人通りが多い道へと出た。人々は秋の寒さに縮こまりながら歩いていた。桜子はすれちがう人をよく見て青年と同じ顔を探し続けた。青年だと思って声をかけようとしても次の瞬間にはまったく違う人の顔になっていることもあった。桜子はだんだんと疲れを覚え始めた。それでも歩を進めた。 日が暮れてきた。景色は今日も赤く染まった。夜の足音が近づいていた。道を行き交う人も家路を急ぐ人が増えてくる。自分も帰らなければ日が暮れてしまう。桜子は重い足を引きずりながらしぶしぶ帰ることにした。 帰り道、桜子はまた橋の上で立ち止まった。橋の下、川は今日も止まることなく流れている。落ちた葉や石を運び、水面は輝きを失っていたがそれでも流れ続けていた。 「君」  桜子が声のした方を向くとそこにはあの青年が立っていた。桜子は驚きと喜びで胸が満たされたのを感じた。青年は今日も本を手にしていた。分厚い文庫本で花をあしらった布のブックカバーに覆われていた。桜子は小鳥のように軽い足取りで青年の方へと歩いて行って、例の赤い本を差し出した。 「昨日はありがとうございました。これ、お返しします」  自分でも驚くほどにはきはきとした明るい少女の声が出てきた。思えば青年に対してちゃんとした言葉を伝えたのはこのときが初めてだった。桜子の胸は本を読んだときのように高鳴っていた。 「もう読んだのですか。お早い」  青年はそう言った。落ち着いていたけれど弾んだ声の調子に喜びが表れていたことを桜子の鋭敏な心は感じ取った。     
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