赤い本

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「この本はあなたに差し上げたつもりだったのですが……わざわざありがとうございます」 青年は桜子の手から本を受け取った。花を拾うような慎重で優しい手つきだった。いつの間にか夜が二人を包んでいた。桜子の心は静まった夜とは対照的にせわしなく踊っていた。 「もう遅いから送っていきますよ。家はどちらですか」 「ほ、本当ですか?ありがとうございます」  桜子は青年の横に並んで見知った道を歩いて行った。青年と歩く道は淡い光に照らされているように感じられた。しばらく無言で歩いていたが青年は少し小さな声で話し始めた。 「あの本、実は私が書いたものなのです」 「……え!」  突然、驚くべき事実を突きつけてきた。 「そうなんですか!」 「ええ……私が初めて世に出した本なのですが、いかがでしたか」 「とても、とても面白かったです」 「ああ、それはよかったです。咄嗟のこととはいえ、自分の本を人に渡してしまうとは」  そう言って青年は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。それは桜子が初めて青年の顔に見た負の感情だった。桜子は堪らない気持ちだった。 「もっと自分が書いたものに自信を持ってください!私はあの本がなければ、今ここにはいないのですから」  青年はただ静かに微笑んだ。     
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