赤い本

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 次の日から桜子はとりつかれたように本を読み漁った。ジャンルは問わず、手の届く範囲にある本ならばなんでも読んだ。学校でも暇さえあれば本を読んだ。昼食は友人と食べたけれどその他の休み時間は一人で本を読みながら過ごした。ただ、どの本もあの青年が書いた本には及ばないと桜子は思った。青年が書いたあの一冊の本だけは、桜子の中でいつまでも一番の輝きを持っていた。  学校からの帰り道、橋の上で週に二日程度、青年に会えた。青年はいつも川を眺めながら物思いにふけっていた。その横顔にはいつも苦しみのような感情が刻まれていた。桜子が青年に挨拶をすると青年はいつもその表情を引っ込めて微笑みを浮かべていた。桜子はその微笑みを見るたびに悲しみにとらわれた。青年は桜子の前では決してその苦しみを見せることはなかったけれど、たった一度だけ桜子にその心を見せたことがある。 「……書けないのです」  青年は絞り出したような震えた声で確かにそう呟いた。なにかにおびえるような悲しそうな声だった。桜子は弾かれたように青年の顔を見たがそこにはいつもの微笑みが浮かんでいただけだった。青年はまた小さな声で呟いた。 「すみません、忘れてください」  その言葉をきいてから桜子は青年のことがひどく心配になった。青年の苦しみはひしひしと桜子の心に伝わってきていた。     
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