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「銀ちゃん」
「銀ちゃん、おいで」
私は彼女の言っていることは理解できないが、彼女が「銀ちゃん」と鳴きながら私を見ているのはわかる。なぜ、私を見ながら「銀ちゃん」と鳴くのか。
その鳴き声に反応して振り向くと彼女は嬉しそうにしていた。
彼女は動く壁の側に立っていた。私は、そうか、また壁の向こうに行くのかと思い少し寂しくなった。
壁が動き、壁の向こうの知らない世界が顔を出した。だが、彼女は動かなかった。ただ私を見つめていた。
壁のない空間からは、彼女以外の匂いと鳴き声がする。
私はこの数日間この部屋と彼女以外の人間を見ていない。
私は彼女を見上げた、彼女は優しく見つめてきた。
* * * * *
私は警戒心が強く、慎重だ。どんな時でも油断してはならない。それは私の本能だ。
たとえ彼女がいてもそれは変わらない。
髭を立たせ、耳を澄まし、忍び足で偵察を開始した。彼女も後ろからついてきていたが、なんとも頼りない。
人間は俊敏な奴と鈍臭い奴といると聞いたことがあったが、彼女は後者なのか。警戒心も無く、忍び足もせず、堂々と私の後ろを付いてくる。
せめて体を小さくしろと一言鳴いてやった。
まっすぐな一本道。少し歩いて右側にも道がある。右側の道には大きな籠のような物の中に、乱雑に入れられた布のような物。その奥には見たことの無い白い大きな箱のような物。その隣にはうっすらとした壁になっていた。
「そこは、お風呂、脱衣所、洗濯機だよ」
私は匂いを嗅ぎ、危険なものはないと判断した。
そのまま歩き続けた。
しばらく真っ直ぐな道を歩くと、目の前にまた壁が現れた。
なんだか壁が多い場所だな。そう思っていたら彼女は壁の側に立ち、壁を動かした。
これも動く壁だったのか。
壁の向こうは彼女の部屋よりはるかに広い場所だった。
彼女以外の人間が3人いる。彼等は私の事を見ながら何か鳴いていた。
「名前は決まったの?」
彼女より少し低めか同じくらいの鳴き声
「銀ちゃんだよ」
「どうして銀ちゃんなの?」
「シルバータビーだから」
「そのまんまね」
2人は笑いながら鳴いていた。
「おい、銀ちゃん、おいで。」
低く太い少し怖い鳴き声だ。彼女よりも体の大きな人間が私に近づいてきた。私は気にしなかった。
そんなことよりも、私の目を奪うものがそこにはあったのだ。
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