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仲良し姉弟と行商人
アンリとカトリの家は子供たちの遊び場とは村の広場を挟んだ反対側にあった。
帰ろうとすると、手をつないだまま村の中を通ることになる。年を経るにつれ、この姉弟の姿は村の中では異質と捉えられていくようになっていた。
異質といっても、「本当に仲がいいわねぇ」と口々に言われてしまう程度で、村人たちにとってはもはや日常風景であった。
だが村の外から来た人間にとっては、言葉通り「異質」と取られてもおかしくはなかった。
「お二人さん、仲がいいねぇ」
声をかけてきたのは、見慣れない風体の男――数日前にこの村に来た行商人の男だった。
辺境のこの村に訪れる人間は少ない。はじめは随分訝しがられていたが、陽気で話し上手な商人は、数日のうちにすっかり村の人間たちに気に入られていた。
こうして村の子供に気軽に声をかけても、誰も眉をしかめることもない。
「姉弟だもの。当然でしょ」
「いやいや、毎日お手てつないで帰ってるからさぁ。微笑ましくって」
「……」
「あ~いやいや、からかって悪かったね。お詫びに安くしとくよ。見て行かないかい?」
「いらない」
「あ、あの……」
アンリは男が広げた品を見て、そわそわしだした。
「なんだい。何か欲しいものでも?」
「その……本は、ありますか?」
「本? 悪いけど本はないなぁ」
「そうですか……」
「きみ、字が読めるの? 誰かに教えてもらった?」
「僕らの父さんが、読み書きを教えてます。代書屋も……」
「へぇ、大したもんだねぇ」
王都ならばまだしも、このような辺境では読み書きができる者が1人いればいい方で、領主からのお触れが張り出されても読めないといったことも珍しくはない。
手紙などの代書までできる者といえば、この辺境ではよほどの知識人という扱いであった。
が、あくまでそんなことはごく一部の村でしか見られない。多くの村では、読み物よりも日々の暮らしにかかわる物の方が喜ばれる。
「ま、そういうわけでお探しのものはないよ。すまいねぇ」
「いいじゃない。また父さんの書斎で読めば」
「へぇ、書斎まで……よほどの知識人だね、きみたちのお父さんは」
「……まあね……ほらアンリ、行こう」
「うん」
カトリが強く手を引き、アンリも歩き出した。
その後姿を、男がじっと見守っていたことに、二人は気付かなかった。
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