きざはし

6/12
前へ
/12ページ
次へ
 かつて貧しい身なりの預言者が、その時代において斬新かつ危険な教えを説いて回った。  貴族と大聖教が支配する世にあってうかつに耳を傾ければどんな目にあわされるかわからぬ教え。 『神の前において人々は平等。』  権力者達にとって人々は平等であってはならなかったのだが、宣教舎も持たず、浮浪の暮らしのみすぼらしい預言者とその使徒など脅威にならぬとの高括りが仇になった。  預言者の教えは最も貧しくそして数の多い者達を中心に『流行り熱』の様にわっと広がり、見る間に信者は激増させた。  彼は、奇跡を起こしたのである。  不毛の地の木々にパンを実らせ、干上がった川を一日で水で満たし、病に伏す者を癒し、海の上を歩いてみせた。 彼が人民に見せた超常の業は千を下らないと言われている。  人々は彼を神の代理人、あるいは神の化身と崇め、政治と宗教の結びつきで腐敗した世を正す救い主であると信じた。  そして膨れ上がる信者はやがては大聖教を権威の一切を失わせ、多くの国が彼の教えを国教に据えるまでに至った。  現在、世界中で圧倒的影響力を持つヤハン教である。  預言者ヤハンが肌身離さず持ち歩き、自らの英知を書き記し続けたと言う『本』。  革製の表紙に大魚に引かせた船の図柄が描かれているそれは彼のシンボルとも言えた。  この偉大な預言者が鬼籍に入る時、彼は眼を見開いてこう残した。 「あの本を私と共に焼いてくれ。さもなくば私は天の国に入る事が出来ない。」  神の化身を天の国へ返す本。  後に『きざはし』と呼ばれるこの本は人々の間でこう信じられた。 『開く者に救主の英知を授け同等の力を与える。』
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加