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ジャンは乾いた笑いのまま言った。
「魚が船引っ張ってるぞおい。」
恐ろしく古びれ、焼け焦げた様な革の上にそれは描かれている。
悪ガキの僕達にしたってやらないような悪趣味さだ。だってそうだろ、聖人所縁の物を模造するなんてのとは全く次元が違う。
神様そのものの、信仰そのものの紛い物を造った奴がいたのだから。
これはとんでもない冒涜ではないか。
いくら自分の宣教舎に権威付けしたいからって、こんな物を置いても誰が本物だと思うだろう。だいたいヤハン本人に所縁のある神聖遺物は教皇の下にしかない筈だ。
「偽物だ。」
僕はやっとそう絞りだした。
「ああ、そうだ。けど聞いた事ないか?」
ジャンが箱の中を見詰めたままそう言った。
「『きざはし』は何度も行方不明になっている。今、教皇の所にあるとは限らない…。」
僕も『きざはし』に関わる噂はいくつか聞いた事がある。
そもそも『きざはし』は焼かれる筈だった。しかし実際はそうされなかった。
『さもなくば私は天の国に入る事が出来ない。』その遺言が仇となったのだ。
弟子達は救主には人間と共に留まって欲しいと願った。
救主が天の国に行かなければいずれ地上の我々の許に戻ってきて下さるとそう考えたのだ。
誰よりも愛し、尊ぶ相手の遺言を弟子達は自らの救いの為に反故にした。
救主の再来を願いその本を地上に残した。
僕はジャンに言った。
「君は今、神の力を前にしているって言うのか?」
救主ヤハンとその直接の使徒没後、信者の心が教えから離れかけた頃、時の教皇が偉大な預言者と同じ奇跡を行った。
水の上を歩き、痩せた土地に作物を実らせ、干上がった地に雨を降らせた。
彼は今もヤハンはこの地にあり、いずれ我々の為に復活すると説き、信仰を繋ぎとめたと言う。しかしこの奇跡は『きざはし』を手にした事によって行われたものだとまことしやかに言われているのだ。
そしてそれを狙った者がその後何度も現れる事になる。
「知り合いにオカルト大好きな奴がいてさ、色々聞いた事があるんだ。『きざはし』は何度も教皇の手を離れている。」
僕は首を振った。
「ありえない、そんな事があれば世界中大混乱だ。」
「ああそうだ、だから言えないのさ。」
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