きざはし

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 ジャンはようやく僕に目を向けた。 「聖マグナロサの話は知っているだろ?」  この間授業に出た牧母の事だ。信仰心に厚く多くの孤児を引き取ったり争い事をやめさせたりしてきた牧母だけど、鐘楼から転落し若くして世を去ったと言う。 「鐘楼から転落なんて不自然だろ?実は裏の話があるんだぜ?」 「誰かに突き落とされたとか?」  僕が怪訝そうな顔をするとジャンは僕を見たまま首を振った。 「その日、聖マグナロサは旅人を泊めたんだ。彼は文字も読めない貧しい身の上でね、当然宿賃もないから宣教舎に来たんだ。」  確かに宣教舎なら救いの手を差し伸べてくれるだろう。けどそれがなぜ原因になるのかわからない。 「貧しい者が宣教舎を頼るのは自然だし、宣教舎なら襲われる心配もない、だからそう言う者に託されたんだ。」 「何がさ。」  ジャンは一度にっとして言った。 「『きざはし』の運搬だよ。」  唐突な事に僕は怪訝な顔になったんだと思う。 「奇跡を行った教皇のせいで『きざはし』は神の力を与えると知れてしまっていた。有りかが解っていたら狙われても当然だろう。そこで場所を移す事にしたのさ。」 「何でそんな事が言えるのさ。」  僕にしてみたら字も読めない奴に渡して運ばせる方が危うい気がする。 「その後の歴史が語ってる。それは置いておいて聖マグナロサはその男を泊めた。そして多分男が持っている物に気づいたんだ。」 「けど彼女は奇跡を行わなかったんだろう?」  ジャンは頷いた。 「公にされていないんだけどな、孤児の一人が証言したそうだ。聖マグナロサは鐘楼で手を合わせ、神の名を唱えて身投げしたそうだ。」  僕は笑った。 自殺は罪だとされている。聖マグナロサ程の人物が身を投げる意味が分からない。 「あり得ないね。」 「あり得るね。」  ジャンはすぐそう返した。 「『きざはし』を前にした時、信仰心が試されると言われている。『燃やせ』と言われた物を読んでしまったんだ。聖マグナロサは自分の好奇心への深い罪悪感に襲われたんだろう。考えても見ろ、信仰心が厚ければ厚いほど救主のしたためたものがどれほど素晴らしいのか知りたくなるじゃないか。そして信仰の厚さだけ従えなかった自分を呪うだろう。」
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