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それは、物語の神だった。人の口から口へ、国も海も時も越えて、末永く語り継がれる英雄を見守る神。そのような英雄を愛で、加護を与えた者に物語るに相応しい人生を約束するという。物語の神の神殿に山のように積まれた書物は、その加護を得た者の人生を記したものだとか。神殿に収められる物語こそが、神の加護への返礼なのだ。
供物を携え、神殿の床にひざまずいた王を見て、物語の神はそれはそれは喜んだ。我が子を捧げるという申し出に。後世まで伝えられる物語の主役にしてやって欲しいという願いごとに。
「なんて良い心がけ! それじゃあとびきりの加護をあげる!」
物語の神は、麗しい少女の姿をしていた。その王が拝謁した時は、ということだけれど。人とは異なる時を生きる神々だから、見る者と見る時によって姿が違うこともあるだろう。
「波乱万丈に、苦悩も挫折もたっぷりと。手強い敵に卑劣な罠、許しがたい裏切り、何度でも乗り越えて私を感動させてちょうだい。結末は――決めない方が良いわね。その方が楽しむことができるもの。大団円に限らない、読む者が涙で頁を濡らすような悲劇でも、心引き裂くような理不尽な結末でも。人の心を動かすというのは素敵なことよ。神でさえも魅了されてしまうのだもの」
女神がはしゃぐ声を聞いて、王はやっと恐ろしい過ちに気が付いた。物語は幸せな結末で終わるとは限らない。むしろ、不幸な最期ゆえに名を遺す英雄も多いということに。けれど神に対して発した言葉を覆すことはもうできない。
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