20年前

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20年前

 20年前、高校の卒業式を終えた暖かな春の日の昼下がり、僕は彼女の小夜子と、この街がよく見える高台に来ていた。 「ついにこの日が来たか……」 「もう明日、お別れなのね」  小夜子は寂しそうに僕を見て言った。  彼女は明日、家の都合でこの街を去って外国へと旅立つことになっていたのだ。まだ若い僕達にはどうすることも出来なかった。 「お弁当作って来たの。お引越しの準備で忙しくて、大したものは作れなかったけど」  そう言って小夜子は、お弁当箱を差し出した。  ところが、 「きゃあっ!」  一匹の虫が彼女の周りを飛んでいる。俺はそれを素手で払いのけた。 「ありがとう」  小夜子は虫がとても苦手。そこがまた可愛いかった。  ひと段落してお弁当箱を開けると、おにぎりとたくさんのおかずが入っていた。卵焼きがとても美味しかったのをいまでもハッキリと覚えている。 「向こうに行ってもメールするよ。必ずまた会えるから……」  彼女は黙ってうなづくと、僕たちは熱いくちづけを交わした。  やがて夕方になって下に降り、小夜子の家の前まで来ると、彼女は僕に一冊の本を手渡してた。  それはワープロで印字した原稿をまとめて、オレンジ色の表紙をつけた本だった。 「今まで書いた小説をまとめたの、読んでみてほしいな」 「ありがとう」 「私のこと、忘れないでね」  僕はだまってうなづくと、帰路につき、家に帰ってからその本を読んでみた。  短編集的なものの中に、僕との日々をモデルにした作品があった。本の中の世界では、二人が幸せそうな笑顔を見せている。  卒業してしばらくは、年に何度か小夜子と連絡をかわしていたが、時間と距離は残酷なもので、僕たちはだんだんと疎遠になってしまった。  そして……。
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