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エピローグ
「あなた、台所に虫が出たの。取ってちょうだい」
妻が俺を部屋に呼びに来た。
「いい加減そのぐらい一人で取れよ」
「だって苦手なんだもの」
俺は台所に行き、虫を取って外に逃がす。
「ありがとう」
「まったく……」
流し台を見ると洗っていない食器が少し残っている。
「たまには洗うかな」
「あら、うれしいわ」
いつも俺たちはこんな感じだ。洗い物が終わると互いにソファに腰かけた。
「またあの本を読んで、思い出の中の私に会いに行ってたの?」
「ああ……」
10年前、小夜子が外国からこの街に戻ってきた。久しぶりの再会に喜びあって、お付き合いを再開。そして……、子供はいないけど、それなりに幸せな毎日を手に入れた。
それでもけんかすることがあると、いつも俺は思い出の中の小夜子に会いに行ってしまう。
「男の人って本当にわからないわね。まあ、あの日の私に比べたら、だいぶ老けたけどね」
「そういう訳じゃねえよ。俺たち感動的なハッピーエンドを迎えたはずなのに、なんでだろうって思って、な」
それを聞いた小夜子は少し微笑んで、
「お互いに一緒にいるのが普通になったからかも知れませんね」
そう答えると同時に、自然と口づけを交わした。互いに年を取ったけど、温かみのある口づけは、心を交わすステキなものだ。
その様子を、あの日の僕たちが眺めて笑っている……、そんな気がした。
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