一冊の本

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「昔と大分雰囲気変わったよね。なんか無気力っぽい」 「……昔って、待って。佐藤、晶。あきちゃん!?」 「そ。子供の頃よく遊んだ、あきちゃん」  正解を引き当てた香月に満足げに頷きが返される。目を白黒させた香月が唖然とした声を上げる。 「なんで? 気づいてたの?」 「だって自己紹介してたじゃん。出身の村まで言うんだもの」 「なら、あの時言ってくれれば」 「あの場で言うのは面倒臭そうだったから。千里と由美が」  晶がげんなりとした顔で言う。 「んじゃ、行こっか」  晶の促しで、二人は近場の喫茶店に入った。晶が水出しコーヒーを、香月がカフェラテを頼んで注文を済ませる。 「地元の子たちと連絡は取ってる?」  何気なく投げられた問いに息を呑む。それから何でもないと言う風に香月が応える。 「いや、こっちに来てからは殆ど。物理的な距離が離れると、このご時世でも疎遠になるものだって実感してるよ」 「そっか」  その答えに晶は時間を取ってゆっくりと口を開いた。 「渡したいものがあったの」  鞄から晶が取り出すのは一冊の文庫本。タイトルは赦、著者はミサキ。 「読んで」     
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