一冊の本

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一冊の本

 都心から千葉へと向かう電車の中、窓の外では暖かくなり始めた春の夜景が流れていく。そんな車両の中で、肩を並べて二人の男子学生が座席の前で車両に揺られる。  渡辺香月と三河洋二。都内の居酒屋で、初対面の者も混ざる男女三人ずつ、楽しく酒を飲んだ帰りだ。その場を全員が楽しめたのかどうか、それはどんなに鈍い人でも、この二人の表情の差を見ればわかることだろう。 「頭数合わせって話だったじゃないか。ちゃんと来たんだから役目は果たした。もてなせとは言われてないし」  香月が不貞腐れた様子で返す。洋二に飲み会での態度を窘められたためだ。 「少しはさ。で、誰が良かった?」 「お前、はぁ……気になったのは幹事の子かな」 「晶? ああいう感じがタイプか」 「そういうんじゃない。少し気になって」  洋二が電車の揺れに合わせて寄りかかるように香月と肩を組んで笑う。 「そう言うなって。んじゃ晶に連絡しような」  鬱陶しいと訴えて香月が腕を外すと、これ以上は相手をしないという意思表示をするようにスマホを触り始める。直ぐに、スマホが短く震えて、香月の手が止まった。 「どした?」  スマホの画面を断りなく覗き込んで、洋二がにんまりといやらしい笑みを浮かべた。 「噂をすればだな。手間が省けたぞ、香月。ほら、既読付けてさっさと返事」  洋二がすっと画面に手を伸ばしてメッセージ画面を開いてしまう。 「あ、おい。勝手に」  洋二がスマホに表示されたメッセージを覗き込む。  「洋二が行けばいいだろ」 「馬鹿か。お前が誘われてんの。晶と俺が今更会っても意味ないだろ。つーか、誘われてもないのに行ったりしないから、普通に」  何を言い出すんだこいつはと肩を竦める洋二に対して、香月が衝撃の表情を浮かべた。 「お前、俺のこと何だと思ってんの」 「人の家に土足で上がってくるような人」 「欧米じゃ普通だな」  しれっと返す洋二。 「江戸っ子のくせに」  香月は深くため息を吐いた。諦めたような受け答えを香月は繰り返しながら、西千葉駅まで電車に揺られ続けた。
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