あるいは、ちょっとした幕間のようなもの

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あるいは、ちょっとした幕間のようなもの

 おや、こんな時間に、しかもお若い方とは珍しいですね。横を失礼させて頂きますよ。  私ですか? 怪しいものではございません。ですから、ぜひともそのような訝かるような視線は、お願いですからおやめいただきたいです。  この格好にはいろいろとわけがありまして。今は申し上げることができません。ですが、貴方も恐らく後々ご理解されることと思います。――あ、マスター。私はマンハッタンを。  何せ、貴方もここに来られたのですからね。  私はサカワと申します。ええ……、酒に匂うと書いて《酒匂【さかわ】》です。  あ、名刺がありますので、どうぞこちらを。  おやおや。そんな白い眼でみないで下さいな。雪よりも冷たい視線は、冬の寒さよりも身に沁みるものです。そのような視線を向けられた方は、針の筵に座るよりも痛くて辛いということは、あなたもご存知でしょう。疑り深いお方なんですね、見かけに合わず。  いやはや、どうしましょうか……。指し当たって、この服は衣装だと思っていただけると、こちらとしても幸いなのですが。  ――アキバ? なんですか、それは。  嗚呼、秋葉原のことですか。最近の短縮言葉は、今一つ理解ができないのです。  成程。その街だと、このような格好でも違和感無く溶け込めると。では、その街からそのままやってきた人間とでも思ってくださいな。説明すると長くなりますし、私としても説明が過ぎるといろいろ問題がありまして。  ――話は変わりますけど、貴方、さっき居酒屋で飲んでいたでしょう? 実は、あそこから見ていたのですよ。しかし、いい飲みっぷりでいらっしゃった!   こうやってこんなにいいお店で、酒豪の貴方と出会えたのも何かの縁(えにし)でございましょう。ちょっと面白いお話があるんですよ。いや、面白いと言っても、決して、怪しい商売の勧誘とか、振り込め詐欺とか還付金詐欺とか、新興宗教とかでは毛頭ないんですよ。初対面でいきなり『信じてくれ』などと傲慢なことは言いませんが、結局これも事実なんですよ。暗い影が差すような恐怖物語とか、お泪頂戴物語ではないので、どうか安心してください。  マスター、ちょっとばかり、お話しても大丈夫ですよね? ――では、参りますよ。  ま、とくとご拝聴下され。なーに、御伽噺のような現世の出来事ですから――。
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