伯楽一顧亭にて

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伯楽一顧亭にて

 よく冷えた冬の夜には、燗がよく似合う――。  などと思いながら、俺は周囲に横たわるしがない中年――もとい先輩ら十数人を、何の敬いも含まない視線で見遣った。  年の瀬恒例『行く年来る年』(かつては国営放送、民間放送を問わずに放送していたらしいが、現在は国営放送のみが報ずるアレだ)の放送まで残り二日と、年の瀬も押し迫った摩天楼の中の深い夜。都心部にはとても珍しいことに、雪が降っている。がやがやと落ち着きも見せないこの居酒屋が、漆黒の帳を下ろしたこの夜に相応しい静けさを急に取り戻したとき、薄桃色に染まった小窓の奥でちらつく何かを見た。幸いにして固定窓ではなかったのでその小窓を勢いよく空けてみると、刺すような冷たい風とともに、結晶の針端まで見事な牡丹雪が無音という音を立てて降り積もっていた。  忘年会と称して、午後7時に幕を開けたこの宴。部長の「新しく出来た好いお店があるんだ。今年はそこで忘年会と行こうじゃないか」という旨の発言に端を発して大所帯でなだれ込んだ『まつ七』という、これでもか、と言わんばかりに居酒屋であることを完全に前面に押し出しまくっている内装と雰囲気を持ったこの飲み屋の小上がりで執り行われた。  最初のうちは各人気持ちよく酒を愉しんでいたのだが、宴の始まりから一時間半ほど経ったあたりから次第に愚痴が会話の過半数を占め、午後10時を過ぎたあたりからバタバタと殉死なさる方が現れ、そこから更に30分も経つと、なし崩し的に年忘れの宴は終りを告げた。  俺としては、実際、まだ飲み足りない。  だが、頼りの綱である――尤も何が頼りなのかはさっぱりわからないが――この中年共は、無残にも、多杯を満たす美酒の前にひれ伏していった。
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