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酒匂氏の話: 大会
居酒屋を大所帯で出ると、神酒村氏は疲れは酒に溶かしこんだと言うような快闊な声で言いました。
『皆さん、まだ飲み足りないですよね?』
それに、怒号のような音量で返事をする成人男女が百数十人。もしかすると二、三百人に達しているかもしれませんでした。よく見るとまだ顔の知らない人もたくさん居ました。勿論私も賛成しましたが、彼らのように近所迷惑なほどの声は出しませんでした。マンションあたりからお叱りの声が届くかと思いましたが、それは全くありませんでした。
『皆さんご安心ください、今日は年に一度の例の日です。そろそろ来ると思いますよ。ほら』
そう言って彼は我々の背後を指差しました。その瞬間に、彼らは全身を使った大きな声で叫び始めました。大音量で第九の合唱を聞いているような、愉しげな声です。中には万歳三唱をしている者もいました。
何事かと思えば、警笛の音が聞こえました。その音の発信源は、先ほど私が神酒村氏とともに乗ってきた電車でした。あの派手な彩色の先頭は一度見ただけでも、充分目と記憶に焼きつきます。
ブレーキ音もなく止まると、目の前には3両目の扉。その後ろの車両は全体が薄い橙色をしていました。雪灯かりなのか車両本体の色なのかは判断できないほどに繊細な色合いでした。油圧式の扉がゆっくりと開き乗降用のステップが出てくると同時に、彼らは狂喜乱舞し、私は疑問符を浮かべました。
扉が開いたところ、入り口に暖簾がかかっていたのです。紺色の生地に白い行書体で、
『浄玻璃之鏡【じょうはりのかがみ】』
と書いてありました。それを見ると、全員が押し合いへし合いしながら中へと飛び込んでいきます。しかし混乱にはならず20秒ほどで私と神酒村氏を除く全員が収まりました。
中のほうから、私たちを呼ぶ声がします。
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