伯楽一顧亭にて

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 ひとり、またひとり……。  若い者にはかなわない、などとおっしゃる諸先輩方を見遣るたび、「ちょっと待ってくださいよ。アンタ、そんな言葉を言う時期はまだ何十年か先ではございませんか?」と襟首掴んでガックガックと揺すりながら問い質したくなる衝動が沸いて出てくるほどだった。だが旅立ってしまったものにとやかく言うほど野暮じゃないってものだ。そして襟首持って揺すった際には、きっと小間物屋が俺の服の上で開店御礼の出血大セールを開催するだろうから、間違ってもやらない。  いずれにせよ、『死人に口無し』と言うからな。  ――ん? 用法が違う? ま、細かいことは気になさらずに。  酒を煽って気持ちよく《死んだ》人間だ。何を言っても聞こえているわけが無い。  とにもかくにも、俺はまだ酒が欲しかった。大卒一年目という状況、滅多なことでは酒は飲まない俺だが、正直言って酒は得意だ。何しろ『高校入学前から』《武勇伝》を持っている。大学のサークルでは《蠎蛇(うわばみ)》と呼ばれ、畏れられ、さらには崇められていた男だ。なんと言っても実家が造り酒屋である。フランクな父親を持ったおかげか、俺はほぼ生まれながらにして、デヒドロゲナーゼ(アルコール脱水素酵素のことだ)を大量に培養していたらしいのだ。あくまでも、《ほぼ》である。万に一つ、否、億兆に一つとも、天性のものであるとは思いたくない。たとえ、中学校入学の祝席に際して濁酒を煽らされ、高校入学時に焼酎ロックで乾杯していたとしても、だ。
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