第一話

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 しゃらり、と全身に身につけていた煌びやかな装身具の数々が音を鳴らす。森の心地よい風に吹かれ、美しい緑色の髪先に咲きみだれる桜の香りがふわりと漂った。男が羽根飾りのついた大きなターバンを片手で少し傾げて、そんな娘を凝視する。ターバンの下から現れたのは赤褐色の鱗と鋭い牙を持った蜥蜴の頭。彼女達、木々の精霊達を支配し隷属させる、戦に長けた強靱かつ獰猛で荒々しい種族リザードマンである。彼女もまた、先日まではこのリザードマンに、言葉通りの『奉仕』を強いられる日々を過ごしていた。そう、たった先日まではの話である。 「許す?」  彼女の前に立ったリザードマンの男が、漆黒色の目を瞬かせて、真顔で首を傾げて問うた。 「許すも何も、貴様は………何も私に悪いことをしたわけではないが」  男が彼女の前にしゃがみ込む。びくっと体を震わせながら娘はこの、堅い鱗を持つ男に翠色の瞳を向ける。見ると、やや黄色のかかった灰色の袖の長いローブはかなりの年代物であり、更に何故かこのリザードマンの男は片手にこれまた古めかしい竪琴を抱えていた。もう何年も前に故郷の森からさらわれて以来ずっと、様々なリザードマンの元で暮らしてきていたが、竪琴を持ったリザードマンを目にするのは今日が初めてだった。 「わたくしを………追ってきた方では、ございませんの?」  思わず唇から漏れた言葉に、男は眉をしかめて問い返す。 「何だ貴様、追われていたのか」  そして、まじまじと自分を見つめて、彼は数秒の間の後にゆっくり左右に首を振った。 「この山はいつからそんなに物騒になったのだ。山賊か? はたまた追いはぎか? 全く、そんなものが出るという話など、聞いてはいないが………」     
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