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笑い声を背に平然と歩き出し、『詩人』は麓への山道を降りていく。息を殺して微動だにしないまま背中でくるまれていた娘に、言った。
「滝までたどり着くには夕方までかかる。もう大丈夫だろう」
「あ、あの、あなたは一体」
『詩人』がゆっくりと肩の上から娘を下ろす。そして、マントの中から恐る恐る顔を出した娘に聞いた。
「肉を好んで食べるようには見えないが、貴様は随分と腹を空かせているようにも見える。干した肉もあるが、果物よりはそちらの方が良かっただろうか」
「い、いいえ、ですが………」
「そうか。………ところで貴様、最後に食事をしたのはいつだ?」
「………三日前、でしょうか」
「む、それはいかん。宿に行くぞ」
「宿?」
「ちゃんとした食事を食べねばならん。ああ、そのマントは羽織っているといい」
冬の到来を告げる肌寒い風に、ドリアードの髪先が揺れ、再び花の香りが漂う。
「その香りは、桜か」
「……はい」
「冬にも桜は咲くのか」
「………」
俯いた娘の前で『詩人』と名乗ったリザードマンが、呟いた。
「我ながら卑しい嘘をついたものだ。袖の下など詩人に取っては恥ずべき行為だ」
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