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紫陽は部屋の隅に置いていた行李を開き、黒い表紙の本を取り出した。パラパラと頁をめくり、中ほどから読みだす。読み進むにつれ眉が曇り、眉間にしわが寄ってきた。しわが三寸ほどにもなった時、ふと顔を上げ、自分をじっと見つめている白兎に気付く。
「どうした? 」
「シヨウサマ、コワイカオ」
不安そうな声で答える。紫陽は苦笑して本を閉じた。
「お前のことを怒っているのではない。ただ……」
言いよどんだ紫陽だったが、気を取り直して白兎を呼びよせ小さな椅子に座らせた。
「悩ましいこともあってな。生真面目な架忠などにはとても言えないことだが…」
立ち上がって窓辺に歩み寄る。窓を開けると、町のあちこちでまだ続いている宴のざわめきがかすかに聞こえて来た。
「乱世の英雄、清平の奸賊という言葉がある」
紫陽の言葉に白兎は目をぱちくりするだけだった。その様子に紫陽は破顔する。
「お前にはわからないか。まあ、その方がいい」
窓を閉め、卓子に戻って肘掛け椅子に座った。
「後漢の武将、曹操を評したものだ。戦乱の時代には国を救う英雄になるが、平和な時代には世を乱す大悪党になる。同じ人物が状況によって英雄にも大悪党になるということだ。だがな……」
紫陽は小さくため息をついた。
「戦乱の時代に英雄となって国を救った後、平和になった国でその者はどうなるのか。既に英雄は必要でなくなった、だとすれば……」
白兎は紫陽の話をじっと聞き入っていた。紫陽は黒い表紙の本を開く。
「こんなことを考えるのもこの本を読んだからでな。こいつは逆賊鰐淵が最後の戦場まで携行していた荷駄の中から見つけたものだ。歴史書のようだが国史でも年代記でもない。様々な国の様々な時代の話が無秩序に並んでいる。名を聞いたこともない国の話もある」
紫陽は本から顔を上げて白兎を見つめた。
「その中に数多く書かれているのだよ。救国の英雄の末路がな。前漢の韓信、アユタヤの長政、倭国の義経など、国を統一し、あるいは外敵を撃破するのに一番功績のあった功臣が戦いが終わると閑職に追いやられ、やがて言われの無い罪で処刑されている」
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